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南インドの宝石、ケーララ州のこと

2008年、私が初めて訪れ、ひと月滞在したインドがケーララ州でした。
その後、2011年にもひと月滞在し、2012年〜2013年にかけては
州都トリバンドラムのIT企業に就職し、日本語講師として働いていました。

働きながら、週末などに南インド古典音楽や、ケーララの寺院音楽など学んでいました。
今の師匠、パルバティ・バウルに出会ったのも、
彼女が当時、トリバンドラムに拠点を構えていたからです。
会社を辞めてからの4年ほど、日本とケーララを行き来していました。

今は師匠の拠点が移った事で、
インドでのほとんどの時間を東インドの西ベンガル州で過ごしているので
中々行く事ができなくなってしまいましたが、
今もケーララは、私の大事な故郷のひとつです。

そういう経緯もあって、このサイトではケーララの芸能をたくさん紹介していきます。

ケーララはインドの南西、アラビア海に面した細長い州です。
古くは交易拠点として栄え、ローマ帝国とも交易がありました。
西ガーツ山脈によって、陸上でも外界から隔てられています。

ケララ、と英語などの外国語では言いますが、
本来は初音を伸ばした「ケーララ」に、小さく「ム」音が付いた「ケーララム」が
現地語「マラヤーラム」での正しい呼び方です。

椰子の木やバナナの木を初めとする熱帯の樹木、そして田んぼに覆われ、
ケーララといえば、まずは緑、緑、緑。
古来より、東の山脈から流れてくる河川が平野を通って海に流れ込む、
豊かな土壌に恵まれた土地でした。

温暖な気候のためか、いわゆる「インド」と聞いて思い浮かべられる
混沌とした世界とは趣の異なる、穏やかな南国です。
人々は基本的におせっかい(これはまあ、どこの田舎も一緒ですが)。

ヒンドゥーだけではなくイスラーム教徒やキリスト教徒も多く、
おおむね平和に共存しています。
州都トリバンドラムには、キリスト教会とモスクとヒンドゥー寺院が密集する交差点があります。

ヒンドゥーであっても、クリスマスには
キリスト教の友人にくっついて教会に行ってみたり、
ムスリム(イスラーム教徒)やクリスチャンであっても、
ヒンドゥーのお祭りオーナム祭には参加する人が多いようです。

椰子の木はケーララを象徴する植物で、
その実はもちろん、果汁は飲めるし、果肉は食料になるし、
殻も調理用具になったり、薪にもなります。
油も抽出でき、ケーララの調理はほとんど、ココナツ・オイルを用います。
このオイルは髪にもつけるし、薬を作るのにも使います。
葉は皿にもなり、箒にもなります。

このように、数々の恩恵をもたらすことから、
ケーララでは椰子を「カルパ・タル」、
神話に歌われる、全ての望みを叶える木、と呼ぶのです。

また、様々なスパイスやハーブがそこらじゅうに自生しているため、
香辛料の原産地としても古より名を馳せ、
紀元前からローマやアラブとの西方交易が栄えました。
これにより様々な宗教が、海からも陸からも、早くから流入しました。

アーユルヴェーダ発祥の地としても知られています。
伝統的な寺院は木材建築が主流で、
南インドの他の地域とは趣が違い、日本の神社仏閣を髣髴とさせます。


Photo by Sanu Sph on Unsplash

ケーララ州の公用語は、マラヤーラム語です。
北インドと南インドでは言語の系統が違うのですが、
マラヤーラム語は南インドのドラヴィダ系の言語でありながら、
語彙の多くは、北インドの言語の祖先、サンスクリット語由来です。

日本語が、中国語とは全く違う系統の言語でありながら、
漢字由来の言葉に溢れている事と、よく似ていると思います。

もっとも、今でこそサンスクリットの語彙が非常に多いのですが、
昔はコミュニティによってかなり違ったそうです。
たとえばイスラームのコミュニティでは、アラビア語系の単語も多かったそうです。

マラヤーラム語しか話せない人も多く、
英語教室の看板をあちこちで見かけます。
オートリキシャの運転手などだと、
英語は多少分かるけどインド「準公用語」のヒンディー語は分からない人、
逆に、ヒンディー語は分かるけど英語は分からないという人、
両方います。

ケーララ人は、「マラヤーラム語は非常に難しい言語だ」と口を揃えます。
(日本人みたいですね。)
理由の一つは、かの有名なマハートマ・ガンディーが
そのように言及したからということもあるようなのですが、

口語と文語の乖離もまた大きな要因であるようです。
ケーララ人であっても、マラヤーラム語の授業は本当に難しくて、
テストで点が取れない、という話はしばしば耳にします。

あるレベル以上の高等教育は全て英語になってしまうこともあり、
ヒンディー語や英語教育の学校に通った人でなくても、
公的な文章をマラヤーラム語で書くことには自信が無い、と聞きました。
現在は2012年よりマラヤーラム語の大学ができたので、
もしかしたらその状況も変わっていくといいな、と思います。

とはいえ、今もマラヤーラム語は、世界中にちらばる
マラヤーリ(ケーララ人)たちのアイデンティティを構成する
重要な要素であることに変わりはありません。

町ではマラヤーラム語しか話せない人の方が多く、
映画産業はもちろんマラヤーラム映画が中心。
テレビではヒンディー映画の俳優もヨーロッパ人も、
みんなマラヤーラム語を話しています(吹き替えで)。
バスの行き先なども、マラヤーラム語でしか書いていない事も多いです。

外国人は基本的にマラヤーラム語を話さないので、
少しでも話すと非常に感心され、面白がられます。
私はこれを、「マラヤーラム語を話し出すと、人間扱いされる」などと表現したりします。

マラヤーラム文学の歴史や、共産党政権の長かった人々の政治意識なども
中々興味深いものがあるのですが、
長くなってしまったので、それはまたの機会にいたしましょう。

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