From the land of wonder and truth

ヨガと神話をつなぐ

「日本的色彩で
インドの宇宙観が表現されている」

日本とインドを行き来して、
バウルという、歌舞いを修行の手段とする行者の元で
修行をしながら、画を描いています。

懐かしさのふるさと

インドに行っている人の画、と言うと
極彩色とか、コントラストの強い派手な色合いだとか、
細密画的なテイストだとか、
そういったものを想像されるようです。

私にとってインドという土地は、
直接には覚えの無いはずの懐かしさ
失われてしまったもの、失われていくもの
それでも続いていく、繋がっていくものへの郷愁
を湧き立たせるものです。

日本の古代への憧憬が、
そのままインドでの生活に
繋がっているようなところがあります。

常に自問しながら続けてきた
インドと日本を行き来して
生活しながらの修行は

内面に深く潜っていけば
いつも広がっている豊かな庭
を、発掘し、思い出していく過程でもあります。

歌い舞う行者バウルの伝統

東インド・ベンガル地方の田園地帯に、
村から村へと居を移しながら
この世の秘密に迫るうたを歌い交わし
農民たちに愛され尊敬されて
喜捨によって生活する
バウルという行者たちがいました。

村の環境が目まぐるしく変わり
貨幣社会になっている現代では
全く同じ生活を続ける事はどんどん困難になっていますが、
バウルの素朴な詩にひそむ智慧には
どんな聖典にも匹敵する深さがあり

かつ、その表現が
身体をフルに使った
歌い、舞い、奏でるという形態を取る事で
修行の伝統だけでなく、芸能文化としても
未来へと引き継いで行こうという
こころみがなされています。

とはいえ、まず何よりも修行の伝統であり
修行の要は、人生の本質に迫り
あらゆる分断や恐怖を解消し超越する事。

私パロミタは
そんなバウル行者として、芸能者として
世界的に高い評価を受けるパルバティ・バウルに
2013年以来師事して、学ぶようになりました。

日本とインドを行き来しながら学びを続け、
2017年からは師の許しを得て
公演活動も行なっています。

その一方で、画を描き、展示を行い発表する
という活動も続けてきました。

ヨガにも哲学にも興味は無かった

元々、ヨガは好きではありませんでした。
ただ師匠に言われたから取り組みました。

哲学も、呼吸法も、特に興味は無かったし
舞踊さえ、さほどやりたいと思った訳ではありませんでした。
一度始めてしまったバウルのうたに
導かれるように、取り組んで行って

気がつけば、円環が閉じるように
全てが繋がっていました。

かつて夢中になった武術や身体性、
幼い頃から呼吸するように自然に行っていた
画を描く事が
初めから決まっていたかのように、
ピタリとはまり出したのです。

苦しみからの転換

割と幼い頃から、
人と関わる事と苦しむ事が
ほとんど同じ事であると感じていて

「この道を行かないなら死ぬだけ」
と思い、進んできた修行の世界でも
ずいぶん長い事、苦しみの占める割合が
とても大きかったです。

インドと日本との行き来を重ねる中で、
何度も「何でこんな事してるんだろう??」
と自問しました。

今、苦しみよりは歓びが大きいのは
「おかげさま」としか言いようが無く
「何かある日突然そうなった」
部分が大きいのですが

身体を中心に取り組んできた事が
有機的に繋がるようになってきた
という事に尽きるように思います。

その頃から、画の密度もぎゅっと増し
私にとっての、画という存在の質が
それまでとはずっと変わってきました。

「天竺画」と名づけた事

そんな新しい私の画を「天竺画」と名づけたのは
ひとつには、私が「インドの人」であるという事を
受け入れる事にした過程があります。

「インドの人」である事に付随する
様々なイメージを避けたくて
色々と奮闘していたところがあるのですが

私からインドは切り離せないし
私が語りたい事・共有したい事の多くは
インドと密接に結びついているので
そこは諦めて開き直ろう、という境地に
ようやく至りました。

とはいえ、
「天竺」と言うと、「昔のインド」と
思われているかもしれませんが、

元々は「仏教の祖国」であり
人々のイマジネーションの中の天竺は
もっと広い括りの異国、
中国のその先の、
ふしぎに溢れた豊かな土地、
というようなものでした。

「天竺=インド」という理解ができたのは
ここ100年ぐらいの事のようで、
それまでは、たとえばタイだとか
時にはポルトガルなども、
天竺の一部と思われた事がありました。

仏教の祖国という意味では、
ニライカナイのような楽園であり
また、日本を仏教の花開いた土地と見るなら
仏教が大成しなかった未開の地
という、多重な意味やイメージを付与された
言葉でした。

天竺画と言う時、
そういう曖昧で、古い方の「天竺」
念頭に置いています。

内観を通した自分自身の体験を画にしていく時、
自然と神話的なモチーフの形を取る事がありますが
インドに深く関わり、根ざし
インスピレーションの多くをいただきながら
現実のインドという枠内には必ずしも縛られない

「日本的色彩で
インドの宇宙観が表現されている」

と評された私の画には、
似合いの名前だと思っています。

 

そんな天竺画の展示は
2020年4月26日〜5月2日に、銀座で予定されています。

 

それに先立ちまして、
天竺画以前の作品を、

で販売しています。

これは、展示の資金集めという性質もあって、
かなりお手頃な価格での販売になっております。

2019年末〜2020年初めもインドに修行に行っているのですが
それから帰ってきて、個展の準備に注力…
となると、「お金を稼いでいる暇が無い」
という事に、気がつきました。

だから、なかばクラウドファンディングのようでも
あるのですが

古くは2011年から、2018年までの間に
日本とインドを行き来しながら、
その時々の感動をしたためてきた画です。
2018年は、久々に帰郷したオーストラリアでの
感動や衝撃も色々描いています。

この頃の、ある種の素朴な描き方は
もうこの先、できないでしょう。

パロミタの活動を支援してみたいという方
単純に気に入った画があった方
お友だちに贈ってみようかなという方

まずは、見てみてください。
それなりに数があるので、たぶん楽しいと思います。

ぜひご覧下さい。