From the land of wonder and truth

ヨガと神話をつなぐ

ヨガと神話を繋ぐ画

人はなぜ、強くなりたいと願いながら
弱さに苦しむのでしょう。

「傷つき続けるような弱さに
負けている暇は無い、
一瞬たりとも!」
と言われるたびに、
心臓を握り潰されているようでした。

呼吸法も、ヨーガも、瞑想も、歌も舞も、
涙を流させてくれて
多少の安堵と安らぎをくれても

苦しみを無邪気に洗い流してくれるもの
ではありませんでした。

この身体の中に、何か
とんでもなく豊かな宝が
眠っているはずだと思いながら
実際にふれる事はできずにいました。

インドから多くを学びながらも
インドに修行のため通い続ける事は、
自分に鞭打つようで
それでも、どこからか鳴り響く
必然性、という勘を信じて
何とか続けていました。

結論から言えば、
その勘は全く正しかった
(と思います)。

強さや弱さという価値観の幻想から
抜け出せた時、
インドに通い
師匠の元で学び続けて来た事は
確かに黄金であり宝石であり
私という大地を豊かに耕して来たのだと
はっきりと分かりました。

画が本当の癒しになった日

私にとっては、
そのきっかけは画でした。

物心ついた時には絵を描いていましたが
美術大学に行かない事に決めて
それでも描きたいという気持ちが消えず

5年以上のブランクを経て再開した時
あまりにも手が利かなくなっている事

全然「描けなく」なっている事が
ショックでした。

14歳の時に描いた画。今よりずっとうまい。

ずっと描いていた分、
画を見る目だけは、肥えていたので、
ずいぶん下手になった事は
自分でよく分かりました。

それでも描き続けるしか無いと
描き続けましたが
少しずつ描く力を取り戻しながらも
「私の画」というものが掴みきれず
迷走している事は
自分でも気付いていました。

そんなある日
自分自身の内側を見つめる事を
特に集中してやろうとしていた時に
描いたある画は、
それまでと何かが違っているように
思えました。

「自分のスタイルみたいなものが
ようやく掴めてきたかな?」

と思いました。
それは多分その通りなのですが、
同時に起こっていた事は、
後にして思えば、

見「た」ものを描くのではなく、
観え「る」ものを描く、
という事を始めていたのでした。

(「見る」と「観る」の違いについて
有名な言葉があったので引用しようと思ったのですが
どこをどう探しても出て来ないので
何となくニュアンスで流して下さい…)

たとえば、過去に見たものなどを
留めておこうとするのではなくて
私の内側で
今、息づいているものを
見つめて、
描くようになったのでした。

恐れ多い例ではありますが
たとえば仏像を彫る仏師が
木の中に仏の姿を見て彫る時

あるいは、スピードスケートの清水選手が
足を置いていく軌道が金色に光って見えた時

けして、故意に再構成した
過去のイメージを投影したのではなく
その時現在として
常に現在であり未来でもある、
現在そのものとして
見えていたはずです。
(分かりにくくてすみません。)

ごく大雑把な言えば、
私の中で
「今起こっている事」
「未来に繋がれていく事」
に焦点を絞って
それを写すように、
描くようになった、という事です。

それができるようになってから、
私にとっての画という存在の
質が変わりました。

陳腐な言い方になりますが、
私の孤独や痛みを癒してくれて
そして、身体の経験すら
今までとは全く違う形で
変容していきました。

呼吸法も、ヨーガも、瞑想も、歌も舞も、
全く違った体験として
立ち上がって来たのです。

そしてそれがまた、
画に反映されていくようになりました。

神話という表象の力強さ

神さまっぽい題材の
画も多くなってきたので
「観えるものを描く」
などと書くと、
アヤしさ炸裂かもしれませんが

描いたそのままに見えている、
見ている訳ではありません。
そういう霊視的な力は
残念ながら、ありません。

ただ、内面で起こっている事を
「かたち」にしていこうとする時
神話の表象の力強さと
有効性
まざまざと実感しました。

何か現象と、理解を繋げる時、
どうしても
何らかの「かたち」が必要だと
つくづく思います。
形と体験は繋がり、
その基盤なしには
言葉はどうしても、弱い。

芸能というもの全般のポイントは
そういうところにもあるのではないかと
思います。

もう凄く正直な話を
してしまいますと、

インド神話の、
「結局人間の形した神さまの
すごく人間っぽい世界観の
話じゃん…」
と思ってしまうところが
割とありまして、

インド文化とか社会とか修行の
理解が進むにつれて、
それも変わっては来ていたのですが
やっぱりどこかで引っかかっていたのです。

それが、
こういう画の描き方になって来ると
様々な体感、実感と共に
全く理解のレベルが変わってきて

同じ言葉の繰り返しになってしまうのですが、

内面で起こっている事を
「かたち」にしていこうとする時、
神話の表象の力強さと
有効性を
まざまざと実感したのでした。

ある意味では、
神話や神さまが
私にとっての現実として
確かに定着した、とも言えます。

ざっくり言うと、
「意味が分かった」のです。
(意味わかんねーよ、という方は
スルーして下さい。)

「天竺画」びらき

そんな、私の新しい画を
「天竺画」と名付けてみる事にしました。

我ながら、こっぱずかしくて
まだ口に出して言った事はありませんが
浮かんできたその名前が
妙に頭から離れないので
ひとまずそのように決めました。

(もし、そのうちコッソリと
この看板を外していたら
生暖かく見守ってやって下さい…
たぶん、外さないけど。)

天竺画は、現在の私と
未来、そして過去の私に向けて描いています。

何よりも過去の私に贈りたいものだからこそ、
他の誰かにも響くものがあるだろうと
思っています。

「天竺」というと、「昔のインド」と
思われているかもしれませんが、

元々は「仏教の祖国」であり
人々のイマジネーションの中の天竺は
もっと広い括りの異国、
中国のその先の、
ふしぎに溢れた豊かな土地、
というようなものでした。

「天竺=インド」という理解ができたのは
ここ100年ぐらいの事のようです。
それまでは、たとえばタイだとか
時にはポルトガルなども、
天竺の一部と思われた事がありました。

仏教の祖国という意味では、
ニライカナイのような楽園であり
また、日本を仏教の花開いた土地と見るなら
仏教が大成しなかった未開の地
という、多重な意味やイメージを付与された
言葉でした。

天竺画の天竺は、
そういう曖昧で、古い方の「天竺」です。

日本的色彩で
インドの宇宙観が表現されている
との素敵なお言葉をいただいた事もありますが

「インドを描く」のではなく
あくまで、私の内観、内的体験を描く
という点にフォーカスがあります。

そんな天竺画の展示は
2020年4月26日〜5月2日に、銀座で予定されています。

それに先立ちまして、
天竺画以前の作品を、

で販売しています。

これは、展示の資金集めという性質もあって、
かなりお手頃な価格での販売になっております。

2019年末〜2020年初めもインドに修行に行くのですが
それから帰ってきて、個展の準備に注力…
となると、「お金を稼いでいる暇が無い」
という事に、気がつきました。

だから、なかばクラウドファンディングのようでも
あるのですが

古くは2011年から、2018年までの間に
日本とインドを行き来しながら、
その時々の感動をしたためてきた画です。
2018年は、久々に帰郷したオーストラリアでの
感動や衝撃も色々描いています。

この頃の、ある種の素朴な描き方は
もうこの先、できないでしょう。

パロミタの活動を支援してみたいという方
単純に気に入った画があった方
お友だちに贈ってみようかなという方

まずは、見てみてください。
それなりに数があるので、たぶん楽しいと思います。

ぜひご覧下さい。