🟡 3/29(金)『女たちの音づれの夕べ~パロミタ友美・佐藤二葉の二人会』 🟡

インドで、習い事としての伝統芸能(私の観測範囲内で)

これも主に、ケーララ時代からの観察の経験になります。
実は、私が最初にインドのケーララを訪れて滞在した時、
一番感じ入ったのは、地元での芸能のあり方でした。

その時滞在したのは、
外国人がインド芸能を学べるカルチャーセンターのような所で
フランス人のカタカリ役者が開いて
既に30年ぐらいは続いている施設でした
(今は閉鎖してしまいました)。

外国人の生徒は、いつも満杯にいる訳ではない事もあり
先生方は、地元の子供たちや大人たちにもお稽古をしていました。

歌の先生の所に来る主婦たち。
学校が終わってから来る子供たち。
そこに混じって歌うお父さん。

ふざける子供たちに、先生が棒を出して怒る振りをしても
子供たちは笑うばかりで、先生は
「自分が子供の頃は、これが本当に怖かったんだけどね…」
と、時代を受け入れつつ複雑な様子。

踊りのお稽古を見学させていただいた時、
先生が厳しい顔で
「テイ、テイ、ター…テイ、テイ、…」
と拍子を取るのに
必死で合わせる少女たち。

何と表現したら良いのか、
その田舎の村では、確かに
伝統芸能が生きているように
その時の私は感じたのです。

今の私は、その時教えられていた伝統芸能が
「地元ケーララの」というよりは
「南インド全体の」ものだという知識があるし
私は「たまたま、そういう場面に居合わせただけ」
とも言えるのだと思います。

けれども日本で全く伝統芸能に触れずに育ち
ピアノや西洋画やテニスをお稽古で習ってきた私には
何だかすごい衝撃のようなものが
あったのでした。

その数年後、IT企業での日本語研修の講師として
再びケーララに住んでいた時
「サトーさんは自分たちよりもインド芸能に詳しい」
とはよく言われたし、
今はインド人でもインドの伝統芸能の事を何にも知らないんだ、
などもよく聞きました。

在日インド人コミュニティでも、
古典音楽など古典芸能に興味を持っているのは
本当に限られた人数です。

中流層の親たちは、子どもに
南インドの芸能を学ばせるか、
北インドの芸能を学ばせるか、
あるいはピアノやドラムなどを学ばせるか。
そんな悩みもあったようです。

ケーララなど保守的な地域では、
あまり子どもだけで出歩いたり遊ぶという事は無く、
「本当にいつも家にいるなあ」
と感じたものでした。
安全上の理由もあったのだとは思います。

それで中流層の子どもは、
親に連れられて
いくつもの習い事をしているようでした。

ケーララでは「ユースフェスティバル」という
10代の学生たちの芸能大会があり
この競技競争が非常に熾烈で
のちの進学や就職に影響する事が知られています。
そういう事への準備、という意味合いもあるのでしょう。

「中流層の」と繰り返しているのは、
今にして思えば、
私が周囲で見かけたのは多くはそういう人たちで
もっと貧しい人々はひょっとしたら
伝統芸能と言ったらお祭で見るだけとか
そういう感じだったのかもしれない、と
今になって想像するからです。

中東に出稼ぎに行って、
タクシーの運転手などを10年以上やって帰って来て、
IT企業のバス運転手をやっている方もいました。
彼らの子どもたちは、伝統芸能と
何か少しでも関わりがあったのかどうか。

でも、最初に滞在した村の子どもたちは
本当にただ、地元の子どもたちでした。
今にして思えば、その地域密着の何か温度が、
当時の私の胸を打ったのだと思います。

最近、ベンガルにある師匠のアシュラムで
周囲の村の子どもたちを対象に
(比較的貧しい村々です)
月に一度「ヨーガ・キャンプ」を行なっていて、
「あの子たちは本当に、インドの伝統の事を何にも習う事ができずに育ってる!」
と言われる子どもたちなどを見ていて

かつて見たケーララのお稽古風景などに
思いを馳せたのでした。

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