10月23日(日)生演奏で民俗舞踊「ラージャスターンとブルガリア」

バウル

よろこびの中にいなさい、
とバウルは言います。
幸せでいてね、
と訳することもできるかもしれません。

バウルは「心の人」、
真我と呼ばれるもの、
捉えることのできない鳥
を求めますが

その過程には
行があり、規律があり、稽古があります。
そのすべてが歌舞いに反映されてくる。

献身の内に
求める己がいつの間にか
観えている

そして誰もの中に愛する神を見るから
誰にでもオープンで、真摯である。

バウルは師なしに成り立ちません。
師から弟子への連綿とした連なりによって

仏教や女神派、ヴィシュヌ派やスーフィーなど
様々な流れが受け入れられ、混ざり合いながら
ベンガルの風土で伝えられてきました。

バウル自体が多様であって
ひと括りに語ることはできませんが
師への献身は確固として共通するところで
欠けることの無いものです。

どんなバウルのうたの中にも
師への献身だけは共通してある。

知識は過程の中で重要ではありますが
献身や奉仕の中にしか見出せないものがあります。
そのすべてが行として溶け合う。

バウルの挨拶でもある
ジョイグル、は
「師に勝利を」などとも訳せますが
師にも師がいて、その師にも師がいて
それぞれの中の師は、
つまりすべての源へと繋がっている。

私たちがやって来た源……
分かたれた個の私たちではなくて
その本質がいつでも
私たちの中に、この世界に
活きて、満ちて、輝きますように
という祈りの言葉が
ジョイグル、です。

私の師匠はパルバティ・バウルです。
その師匠はショナトン・ダス・バウルと
ショシャンコ・ゴシャイです。

パルバティ・バウルについて

師匠に伝えていただいたバウルを共有し
また師匠が来日した際の拠点・母体とするため
風響舎を立ち上げました。

今はまだ名前だけあるような状態ですが
少しずつ内容を充実させていきます。

バウルについては、今までも
たくさん書かせていただいていて

バウルと修行のこと

そうした記事へのリンクは、
風響舎ホームページからも繋げていますが

主には、こちらからご覧いただけます。

また、「ヨーガ」カテゴリで書いているものも
私にとってのヨーガって結局バウルなので
バウルに関わることを書いていることが多いです。

(つい忘れてしまうのですが、
私の知っているヨーガは、
一般的なイメージの「ヨガ」とは
だいぶ違うと思います。)

時々で色々書いてきて、
またたぶん行自体も進んできて
最近になってようやく、
ある程度伝えられる言葉で
バウルについて語れるようになってきた、
気がします。

もしバウルについてのお話や、
歌舞いなどの講演・公演・執筆のご依頼などありましたら
こちらからお問合せください。

ジョイグル