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仏伝「ナロク」⑨

アバニーンドラナート・タゴールによる
児童文学の名作、仏伝「ナロク」。
毎月1日の更新で
少しずつ翻訳連載していきます。

ベンガル語の原作からの翻訳ですが、
所々英訳”Nalak”を参考にしています。

改行は、スマホやブラウザで
読みやすいような形に
工夫したものです。

※スピードを優先して、
翻訳としては推敲の足りない、
下書きのような状態で
出しています。
ご容赦ください。

全編の翻訳を終えたら、
改めて推敲をして、
どこかにまとめて
出すつもりでおります。

 

彼らの信じるような修行者であれば、
真夏に四方に火を焚いて、
真冬に一晩中水に浸るでしょう——

またある時は両腕を掲げ、
両の手を空に向け、
またある時は
足を木の枝に引っかけて、
頭を下にしていなければ
ならないのです。

初日に棗の実ひとつだけを口にした後は
ベルノキの葉のみで過ごし、
やがて一滴の水のみで過ごし、
その後は何も口にしない——
このように修行をするので無ければ、
どんな成果も得られないでしょう。

行をするシッダールタをひとり残し、
弟子たちはある夜、
ヴァーラーナシー≪カーシー≫の
聖者の集まりに向かいました——
シッダールタよりも偉大な聖者を求めて。

弟子たちがシッダールタを
置いて行った場所——
ウラーイラの森のその辺りは、
深く、人っ子ひとりいません。
分厚い沙羅双樹の木々の葉が、
昼も夜も影を落としています。
人は決してここまで入って来ません。

鹿が1、2頭、それから時に
10匹、20匹の栗鼠が、
沙羅双樹の枯葉を
クシュカシュと鳴らしながら
通り過ぎるばかりです。

この人を寄せ付けぬ
ひっそりとした森に沿って、
村に続く細道は、
アンジャナー川の岸辺に
合流していました。

その岸辺には、一本の巨大な
バニヤン樹がありました——
誰もその樹齢を知らないほど
大きな木です。
そのたくさんの太い太い根っこは、
パイソンのように
高い枝に絡みつきながら、
水面に入っています。その根は
黒い石で飾り付けられたように
結びついています。

人々はこの木を神の棲家だとして
お祈り≪プージャー≫を
捧げていました。
花や果物の捧げ物をするため、
川の向こう岸の村から娘たちが、
夜明け前に渡って来ます。

その時に、時々、
ゲルワ色の衣を
身に纏った誰かが
木の根元に座っているのが、
暗闇の中に見えました!

木こりたちが伐採を終え
森から戻る時、
木の根元を照らして、
黄金の衣を纏った
神のような人を見ました!

誰もが噂しました、
間違いなく、あそこに
神様がいらっしゃるのだと!

けれども、誰も
その姿をはっきりと
目にすることはできませんでした——
プンナー以外には。

村長の娘スジャーターが
結婚式を終えたある日、
あのバニヤン樹の元に
お祈り≪プージャー≫をしに行った時に、
プンナーを見つけて、
連れ帰ったのでした。

その日から、
プンナーは村長の家で、
もうひとりの娘のように
育てられたのです。

プンナーは10歳になっていました。
スジャーターには
息子がいなかったので、
プンナーを娘のようにかわいがり、
面倒を見て育てました。

そして、もしも
息子を授かったら、
一年間毎日、バニヤン樹に
ギーの灯明を捧げ、
新年の満月には
バニヤンの神様に立派な
祈祷≪プージャー≫を捧げます、
と誓いを立てていました。

スジャーターの神様は
スジャーターに、
黄金の月のような
息子を授けました。

ですからプンナーは毎日、
夕暮れ時になると
ギーの灯明を捧げるために
バニヤン樹の下に来ていたのです。

そうして今日で一年になりますが、
神様をはっきりと目にしたことは
一度もありません。

プンナーが来る前に、
影のような神様のお姿に
出逢いそうになったり、
あるいは、あのバニヤン樹の
根本に灯明をひとり置いて、
川向こうを歩いて帰る時、
神様がやって来て
あの石の祭壇の上に座るのを
見たような気がしました。

でも今、冬の数ヶ月というもの、
プンナーは影のような——
薄靄の中に、神様のお姿を
お見かけしていました。

このことを、プンナーは
スジャーターにだけ
話しました——
他の誰にも話しませんでした。

その日からスジャーターは
プンナーに、神様のために
果物をふたつ、
サリーの端に結びつけて
お持ちするように言いました。

それから、もしも
神様がはっきりと
そのお姿をお見せになったり、
お言葉を下さる日が来たら、
その時はこう言うように言いました。

——神様!
私のスジャーター母さんと、
お父さんと、私の小さな弟と、
それから村長をどうぞ
お守りください。
私が大きくなったら、
素敵な旦那さんが得られますように。

こんな風に言って、
スジャーターはプンナーに
果物をふたつ持たせて、
バニヤン樹に送りました。

スジャーターも知りませんでしたし、
プンナーも知らなかった事ですが、
毎日、夕方になると
バニヤン樹の冷たい石の祭壇の上に
座っているのはシッダールタでした。

今日は一年の最後の日——
明日は新年の最初の満月です。
プンナーは朝から
5つの灯明と5つの果物で
お皿を飾って、
それぞれ自分の名前、
母スジャーターの名前、
弟の名前、お父さんの名前、
それから村長の名前において、
バニヤン樹の下に捧げました。

午後になると、黄金の光が
バニヤン樹の下を照らしました。
陽に灼かれた砂浜に、
水が染みて跡を引きながら
アンジャナー川の流れへと戻っていきます。

向こう岸には、
広々と続いていく田んぼ。
時折、間に
マンゴーやジャックフルーツの
果樹園に囲まれた
小さな村々が見えます。
土壁の家、屋根の藁、
それに山——
雲のように、
遠く遠くまで見渡せます。

川向こうには、田舎道——
緑のサリーの白いへり飾りのように、
細く、まっすぐな道。

その道を、農家の娘たちが
草をたくさん頭の上に乗せて、
歩いて行きます。
娘たちは色とりどりのサリーを着て、
手には銀の腕輪、
背中にはおんぶ紐と袋で
しっかり結びつけられた
小さな赤ちゃんが、
両手をぎゅっと握りしめて
眠っています。

どこかひんやりとした風が、
川の方から吹いてきて
顔に触れました。
凧がひとつ、高い空から
ゆっくりと回りながら落ちてきて、
ある木の葉の茂みに留まりました。

プンナーは日が落ちるのを
見ていました。
砂の上を渡ってくるのは、
たくさんの黒い水牛——
そのうちの一頭の背には、
とても背の高い木の、枝を手にした
牧童が乗っています。

牧童は毎日、水牛の背に乗せて、
プンナーを村長の家まで
送ってくれるのでした。
今日もそれでやって来たのです。

Abanindranath Tagore’s illustration copied and reproduced (with certain re-arrangements), then coloured with Japanese watercolour by Tomomi Paromita. (挿絵を模写の上、独自に着彩。)

とても遠くから、
彼はプンナーを呼びました。
「アレー、プンナー、レー!」
牧童の名はショワスティと言いました。

プンナーは
ショワスティの声が聞こえると、
急いで五つの灯明に火を灯し、
ショワスティのやって来る方へと
向かいました。

その時、黄金のお皿のように、
十四夜の宵待月が
東から上りました。

プンナーとショワスティは
水牛の背に乗り、
砂の上を渡っていました。
岸辺の上では、
バニヤン樹の下で
プンナーの捧げた灯明の灯りが
ジクジクと燃えています。

その灯りの中に、
ショワスティも、プンナーも——
ふたりともが、今日は
はっきりと目にしました。

ゲルワの衣服を身に纏った
神様がやって来て、
木の下にお座りになるのを——
石の祭壇の上に。

アバニーンドラナート・タゴールによる
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