10月23日(日)生演奏で民俗舞踊「ラージャスターンとブルガリア」

仏伝「ナロク」12【終】

アバニーンドラナート・タゴールによる
児童文学の名作、仏伝「ナロク」。
少しずつ翻訳連載して参りまして、
おかげさまでようやく最後まで辿り着きました。

ベンガル語の原作からの翻訳ですが、
所々英訳”Nalak”を参考にしています。

改行は、スマホやブラウザで
読みやすいような形に
工夫したものです。

※スピードを優先して、
翻訳としては推敲の足りない、
下書きのような状態で
出しています。
ご容赦ください。

今後は改めて推敲、
訳の確認含めた改稿をして、
どこかにまとめて
出すつもりでおります。

カーシー(ヴァーラーナシー)では、
ガンジス川が剣のように
曲がりながら流れています。

また、リシパッタナの下では
ヴァルナー川の岸辺が、
山のように盛り上がっています。

その上のすべての
大きな洞穴の中には、
たくさんのもつれ髪の、
噂好きな苦行者たちが、
お香を焚いて
灰を全身に塗りたくって、
座っています。

岸辺からすぐ上には、
サールナートのお寺。

お寺の向こうには、
木々が影をつくる苦行の森。

そこにはほんとうの仙人たちがいます。

鹿たちが彼らを見ても、
おそれることはありません。
鳥たちが彼らを見ても、
飛び去ることはありません。

彼らは誰もわずらわせません。
誰の眠りもさまたげることなく、
一瞬で森から川まで下って、
沐浴をしに行きます。

昼にも夜にも、
この苦行の森を出ることはありません。
聖仙デボルはナロクと共に、
この苦行の森の
バニヤン樹の下で数ヶ月も座っていました。

その時アーシャール月(ベンガル暦第3月)。
日が暮れるはずの時間になっても、
暮れません——
日が沈むにも、沈みたがりません。

サールナートのお寺から、
夕暮れどきのほら貝や鐘の音がします。
けれどもアーシャール月の
日が沈む時間になっても、
黄金の太陽が木々の上で
チカチカと光っています。

鹿たちもまだゆっくりと、
動き回っています。

小さな小さな緑色の鳥たちもまだ、
日の光がちょっとでもあるところで、
ピーチクパーチク言いながら、
遊び回っています。

ナロクはひとりきりで座りながら、
雨季の水でいっぱいの川を
静かに見つめていました。

一羽の白い鷺が、
ナロクの目の前を、
あちら岸とこちら岸を
ただ行ったり来たりしています——
まるでどちらに住むべきか、
決めかねているようです。

雨季のひと続きの川が
今日は一日じゅう、
ナロクの琴線に触れて引きつけます——

ヴァルダナの森の流れへ、
彼らの村の方へ。
タマリンドの樹の影にある
土壁の家に、母のもとへと、
ナロクの心は駆けていき、
そしてまた戻ってきました。

心は戻っていきたいのです、
母のもとへと。
けれども聖者をひとり
置いて行くことはできません。

心はあの白い鷺のように、
ただ行っては戻り、
戻ってはまた行きます!

聖者デボルはナロクに、
お母さんに会いに行くように
お休みをやりました。

しかし同時に、聖者が
こう言われるのも聞きました——
聖ブッダが
このリシパッタナにいらっしゃると。

ナロクが家を出てから
いったい何年になるでしょう。
どんなに長い間、
母に会っていないのでしょう!

けれども聖ブッダに
お目にかかりたいという
願いを捨てることはできません。

ナロクはひとり、
川岸に座って考え込みました——
行くか、行くまいか。

朝から、ひとつ、またひとつと、
たくさんの舟が人々を、
それぞれの故郷へと下ろしながら、
通り過ぎていきました。

たくさんの船頭が、ナロクに
「行かんのかい?」と
声をかけていきました。

日暮れの時間になりました。
ついに最後の小さな舟が、
ナロクの方に帆を上げて
やって来ました——遠くの方から。

舟の光が見えます——水面を、
小さな灯明がチカチカと揺れています。
この舟が行ってしまったら、
もう他に舟は来ないでしょう。

ナロクは心の中で
何度も聖者デボルに
拝礼をしました——
「先生、聖ブッダにお目にかかられますように」。

舟は見るみるうちに近づいてきて、
苦行の森の船着場に漕ぎ着けました。

その小さな舟に乗って、
ナロクは故郷の母に
会いに向かいました。
もう何年も
母に会っていないのです。

ちょうどその時、
ヴァルナーのケーヤーの
船着場に着いた聖ブッダが、
苦行の森に足を踏み入れました。

あと一日だけ、ナロクの出発が遅かったなら!

多くの国を通り過ぎ、
多くの川の波止場、運河のほとりを、
終わらない夕暮れの中を
ナロクたちの舟は進んでいきました——

Abanindranath Tagore’s illustration copied and reproduced (with certain re-arrangements), then coloured with Japanese watercolour by Tomomi Paromita. (挿絵を模写の上、独自に着彩。)

それぞれの村の人々を、
ふるさとに降ろしていきながら。
先の乗客が故郷の村で降りると、
そこから新たな旅人が舟に乗りました。

そんな風に、ナロクたちの舟は
ある時は朝の風を受けて、
上がった帆が矢のように水を切って進み、
またある時は夜の闇の中を、
黒い水の上を灯明の光を引きながら——
まるで進んでいないような気がするほど遅く。

日に日に、雨季の川の水が
溢れていきました。
最初は川岸の高い所しか見えなかったのが、
今は陸地の畑や、
その向こうの村の木々、家々、
そのもっとずっと向こうのお寺まで、
見えるようになっています。

川の水が高くなると、
砂浜はみんな
川に沈んでしまいました。

舟がナロクを
故郷の船着場に降ろした時、
スラボン月も終わりの頃でした。
ザーザーと雨が降っています。

川の水嵩は、川岸の
竹藪の地面まで上がっていました。
水はなみなみと溢れています!

田畑や池もぜんぶ水で溢れかえり、
船着場の階段もぜんぶ
水に隠れてしまいました——
川の水で——雨季のもたらす水で。

ナロクは船着場に立ち、
一体どこから
誰の手によってやって来たのか、
花がひとつ、流され流されて
船着場の隅に流れ着いたのを目にしました。

川の波はその花を、
ある時は空き地の方へ、
またある時は水の方へ、
寄せては返して揺らしています。

ナロクは水の中から
その花を手に取ると、
心の中で聖ブッダに祈りを捧げ、
川の真ん中の方にもう一度返しました。

それからゆっくりと、
家の方へと歩き出しました——
雨水に濡れながら。

ナロクはあの花のようでした——
どれほど昔のことなのか、
思い出せません——

聖者と共に家を出て、
母を置いて、
世俗の外に飛び込んだのは。

今日、こんなに長い時間が経ってから、
あの花のように濡れながら、
再び故郷の船着場に、
母の膝の近くへ、戻ってきました。

いつかまた、聖ブッダがこの国を訪れて、
あの船着場の哀れな花のように
ナロクを取り上げて、
よろこびの中で
ガンジス河に身を浸すことの
できる日が来るでしょうか。

母の家がナロクの目に入りました。
そして家の縁側に母が座っているのも。

そして庭にはひとりの
物乞いが立って歌っています——

「やあ、物乞いの格好をして、
あなたは何を楽しんでいるのか!」

(終)

 

ここまでお読みいただき、
ありがとうございました。

アバニーンドラナート・タゴールによる
児童文学の名作、仏伝「ナロク」。
少しずつ翻訳連載して参りまして、
おかげさまでようやく最後まで辿り着きました。

今後は訳の確認を含めた
改稿/推敲作業に入ります。

何らかの形でまとめて出したいと
思っております。

著作権的には、著者没後
70年を経過しておりますので
問題がないという認識です。

もしも出版にご興味ある出版社の方など
いらっしゃいましたら、
ご一報ください。

ジョイグル

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