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アバニーンドラナート・タゴール 〜仏伝「ナロク」への前書きとして

プロフィール

アバニーンドラナート・タゴール
(ベンガル読みだと、
オボニンドラナト・タクル
生年1871、享年1951。

かのラビーンドラナート・タゴールの
であり、

弟子には、のちに
シャンティニケタン、
タゴールの大学の
芸術学部長を務める事になる、
インド憲法の装飾なども担当した
ナンダラール・ボースがいます。

横山大観など、日本の芸術家とも
親交を結びました。

また、終生親しく交流した
イギリスの画家
ウィリアム・ローゼンスタイン
の家にラビンドラナート・タゴールが
滞在した事が
のちにノーベル文学賞を受賞する
「ギタンジャリ」の出版のきっかけとなりました。

実際、それより以前は
ラビーンドラナート・タゴールよりも先に、
アバニーンドラナート・タゴールの方が
画家として、ヨーロッパで
名が知られていたとも言います。


Bharat Mata 「母なるインド」(1905)

ソース:ウィキ

インド東洋芸術協会

西洋絵画、特に水彩画も学びましたが
EBハヴェルと共に
インドの伝統的な手法の復興
それに基づいた芸術教育
に取り組むようになりました。

伝統的な手法とは、
まずムガル帝における細密画
そしてアジャンタ石窟院の
壁画や彫刻を参考にし、

また、後年日本や中国の
絵画からも技法を取り入れました。

これは、ラヴィ・ヴァルマに代表される
西洋式の絵画とその教育に
反旗を翻す事でもありました。

現代インド神様絵の祖:ラージャー・ラヴィ・ヴァルマ

そして弟のガガネーンドラナート・タゴール
と共に、Indian Society of Oriental Art
を1907年に立ち上げます。

Indian Society of Oriental Art
インド東洋芸術協会
…とでも訳せば良いでしょうか。
在印の西洋人たちに
厚く支えられたものでした。

協会は、ナンダラール・ボースらを
アジャンタ石窟院に派遣して、
数ヶ月に渡りフラスコ画を模写させ
それをロンドンで出版したものは
ヨーロッパで好評と共に受け入れられました。

また、インド各都市で
所属画家の展示
積極的に展開
時には日本や中国の絵画の
展示を行う事もありました。


The passing of Shah Jahan シャー・ジャハンの逝去 (1900)

ソース:ウィキ

また、アバニンドラナート・タゴールや
ナンダラール・ボースの画を
浮世絵式の版画で刷り
色彩豊かに再現したりもしたそうです。

当時のベンガル長官ロナルドシェイは
インド哲学を学ぶような人柄でしたが
この芸術一派の仕事の熱心なパトロンになり
かなりの公的な補助金が得られ、
それによって絵画と彫刻の学校を
開く事もできました。

多才の文化人

このように画家として
名高いアバニーンドラナートですが、
すぐれた文学者でもあり
特に児童文学の分野で
何作も語り継がれる名作を紡ぎ出しました。

音楽にも長けていて、
エスラジやシタール、リードパイプ
などの演奏に優れ

更に、ラビーンドラナート・タゴールの
戯曲の舞台美術を担当したり、
役者として出演もしていました。

子ども好きで、
そして弟子たちの面倒もよく見て
頻繁にイラスト入の葉書をやりとりしたり、
時には金銭的な援助も
惜しまなかったと言います。


Ganesh Janani ガネーシャの誕生 (1908)

ソース:ウィキ

そんなアバニーンドラナートが
書き、自ら挿絵も描いた児童文学
ブッダのお話「ナロク」
少しずつ翻訳して来ましたが、
このブログで連載していく事にしました。

仏伝「ナロク」翻訳連載を始めます。

この「ナロク」を、
私は偶然に、シャンティニケタンの
ある小さな本屋で見つけました

子ども向けの本を、
と言っても、その本屋には
あまり揃えが無く、

しかし本棚をくまなく
探しているうちに、
この小さくも魅力的な本
発見しました。

(そう、こういうのを、
求めていたのよ!!!)
と小躍りしたい気分でした。

(この動画、自分の端末では削除してしまって、
twitterでしか見られないのですが、
しばらく読み上げてから、中をパラパラ見せています。)

ゆっくりと、
拙いベンガル語の理解ながらも
読み進めて、
すぐにこの作品の
詩的な文章のとりこになりました

この時、日が沈みました。
鳥たちは一斉に声を上げて飛び立ち、
風には花の香りが充満し、
空には星々の光が満ち満ちています。
東の空に満月が昇りました。
まるで沙羅双樹の上に
黄金の傘がかかったようです!
まさにその時、聖ブッダがお生まれになりましたーー
黄金のお人形のように、
かぐわしいチャンパの花に覆われた地上に
もう一つ、月が誕生したように。
四方に光が広がりました。
もうどこにも暗闇は見当たりません。
マーヤー王妃のお膝で
ブッダ様は目をお開けになりました。
大地のみ胸にいだかれて、
ブッダは目をお開けになりました。
蓮の花に落ちた一粒の滴(しずく)のように、
純粋で曇りなく、美しく。

「ナロク」より、パロミタ訳

そして、これは日本語で
紹介したいぞ、と
思うのに時間はかかりませんでした。

実は、私はまだ、
このお話を全編
読み通した事がありません。

途中まで読んだ時点で、
「これは、翻訳しながら進めた方が
内容をきちんと咀嚼して
読み進められるのでは……?」
と思って、引き返して
翻訳を始めたからです。

著作権的には、
著者の没後50年を過ぎていますので
翻訳権も問題ないだろう、
と判断しております。

素晴らしい挿絵の数々
もしかしたら、使用しても
大丈夫なのかもしれませんが

(というか、検索しますと
私も持っている本の
Pdfファイルが丸々出て来たりします)

これは少し不安なので、
私が模写をベースに
多少再構成・着色したものを
挿絵として使用する事にしました。

「ナロク」の翻訳は
巷の小説投稿サイトなどに
上げようかと思っていたのですが

いろいろ考えた末、
このブログ上で
連載をする事にしました。

1月1日から、毎月
1日と15日に更新していきます。

正直、私のベンガル語の翻訳速度は
まだまだ遅いので
今のところ2回分の
翻訳しかできていないのですが

自分を鍛える意味でも、
この締め切りを基準に、
取り組んでいく事にします。

とにかく美しい詩文なので
歌でも聴きに来るつもりで
良かったら、
読みにいらしてください。

第1回はこちら
連載一覧はこちら

参考:(Last Retrieved 28th December 2020)
https://www.gktoday.in/gk/indian-society-of-oriental-art/
https://criticalcollective.in/ArtistGInner2.aspx?Aid=292&Eid=291
http://www.chitralekha.org/articles/abanindranath-tagore/abanindranath-tagore-survey-master’s-life-and-work
https://en.wikipedia.org/wiki/Abanindranath_Tagore

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