児童文学の名作、仏伝「ナロク」。
毎月1日と15日の更新で
少しずつ翻訳連載していきます。
ベンガル語の原作からの翻訳ですが、
所々英訳”Nalak”を参考にしています。
改行は、スマホやブラウザで
読みやすいような形に
工夫したものです。
お母さんはナロクの手を掴むと、
引っ張って歩き出しました。
ナロクは地面に張り付くように
抵抗して言いました。
「離してよ、母さん!
この後どうなったか見なきゃ。
いいから離してよ。
一度でいいから、
離してってば!」
森じゅうが
ナロクの悲しみに共鳴して
泣き出すようでした。
「離してよ、離してよ!
いいから離してよ!
一度家に帰ったら
出て来られないよ!」
大人たちは
無理やりナロクを
寺子屋に連れて行きました。
そこでは先生が、
「オカーシュ・オホン・ボンテー」
と言いました。
ナロクも繰り返しました——
ボンテー。
また先生が言いました。
「レーク・オヌグ・ゴホン・コトワー・
シーロン・デーク・メー・ボンテー」
ナロクは繰り返しながら
貝葉に書いていきます。
「シーロン・デーク・メー・ボンテー」
けれども、書きながらも
ナロクの心は彷徨っていました。
ナロクの魂は、
あの豊かな
ヴァルダナの森の
バニヤン樹の下に、そして
カピラヴァーストゥの都に
ありました。
藁葺きの寺子屋の窓から、
タマリンドの木が一本、
それからいくらかの葦や
いばらの茂み、竹藪、
それから池が目に入ります。
正午の陽の光がいくらか差し、
赤い冠毛のある鳥が
チョンと枝にとまり、
クブクブと鳴きました。
いばらの花の周りを
一匹の黒い蜂が
ブンブンと飛び回っています。
蜂は一度
窓の近くにやって来て、
また飛び去ってしまいました。
ナロクはそれらに
目を向けながらも
考えていました——
ああ、もしあんな風に
羽があれば、
母さんも僕を
部屋に閉じ込めたりして
おけただろうか?
ひとっ飛びで
あの森まで行けただろうに。
その時、先生が声を張り上げました。
「書きなさい、ほら!」
それで木の鳥も
飛び去ってしまいました。
生徒たちが貝葉に、
ペンでコシコシと書き付けます。
ナロクがどんな
大変な思いをしているか、
誰も知らないのだ!
手を動かすこともできないほどなのに、
かといってこの言葉の授業が
中断する事も無いのでした。
涙よ、流れるなら流れろ、
それでも読み続けないと
いけない——ジョ・ロ・ロ、
ショ・ショ・ソ——
雨の日も、暑い日も、朝も、昼も。
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ナロクが寺子屋から
お母さんに手を引かれて
家に帰ると、
沙羅双樹の上に
扇椰子の先がかかり、
東風に揺られていました。
竹藪では、カラスが
何かを怖がるように、
カアカアと鳴き声を上げています。
ナロクは考えを巡らせました。
もし今日、嵐でも来れば、
村は寺子屋の茅葺き屋根ごと、
一発でバラバラになって
飛んでいってしまうだろう。
そうしたらみんなで森に行って、
そこで過ごすしかない。
そうしたら誰も、
ぼくを家に閉じ込めて
おくことなんてできない。
夜になると、家の外を
風がヒュンヒュンと
飛び交いました。
雷がピカピカッと光るたび、
ナロクは心の中で
声を上げました。
嵐よ、来い!
雨よ、来い!
土の壁は崩れてしまえ、
扉の錠も壊れてしまえ!
嵐が来て、雨が降りました。
四方八方、水びたしです。
けれども、ああ!
どの扉も開かないし、
どんな壁も崩れなかったのです。
閉じた家は閉じたまま!
見晴らしの良い田んぼに、
雲ひとつない空の下、
どうやってあの苦行の森に
戻ることができるでしょうか。
あの、鳥たちが
よろこびの内に飛び回り、
鹿が遊び回り、
木陰で、田んぼからの風に吹かれ、
誰にも何も
強制されることのない森。
誰もが心の望むままに遊び回り、
飛びまわる森に。
|
聖者の帰りを待ち望みながら、
ナロクは日々を数えました。
聖者デボルは
カピラヴァーストゥの方向から、
聖ブッダのおみ足の灰を
からだじゅうに塗りたくり、
よろこびのうちに
両の手を天に掲げ、
舞い踊りながら
道を進んでいました。
そして村々を、
歌いながら通り過ぎました。――
「拝礼を、拝礼を!
聖ブッダに拝礼を!
拝礼を、拝礼を、
ガウタマの月のように美しい人に!
拝礼を、尽きぬ源の海に!
拝礼を、シャーキャ族の息子に!」
季節は秋、空には
黄金の光が満ちています。
道の両側、
右を向いても左を向いても、
どの田んぼにも、
黄金の稲穂が揺れています。
もはや誰も、家の中に
留まっていたくありません。
王族の人々は
馬に乗って治世をしました。
国民はみんなして市場へ、
田んぼへ、川辺へ——
頭に品物を乗せて運ぶ人、
田んぼの草刈りをする人、
あるいは七つの海と
十三の川をまたぐ商売を
しようとする人。
何も仕事がない人も、
他の人々に加わり、
聖者と共に
歌を歌い歩きました。
「拝礼を、拝礼を!
聖ブッダに拝礼を!」
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黄昏時になりました。
真っ青な空には、
ほんの少しの雲のかけらも
見当たりません。
月の光が
天空から大地まで
降りて来て、
頭上に流れる
空のガンジス川は、
光の粒を捉えた網のように、
北から南へと続いています。
聖者デボルは
村への道を進んでいます。
「拝礼を、拝礼を、
ガウタマの月のように美しい人に」
お母さんの膝の上で
男の子が耳にします。
「拝礼を、拝礼を、
ガウタマの月のように美しい人に!」
縁側に立って
お母さんが聞いています。
「拝礼を、拝礼を」
お婆さんは家の中から
耳を澄ませます。
「拝礼を!」
このように
全ての人に呼びかけて
うたいました。
「ああ、拝礼をしよう、拝礼をしよう」
村の司祭の家の
法螺貝や鐘の音が、
聖者のうたいと
響き合うように鳴りました。
——拝礼を、拝礼を、拝礼を!
夜が明け
暁がやって来ました。
朝露に垂れる蓮が言います——
拝礼を。
月が西に舞い降りながら言います——
拝礼を。
この時、ナロクが眠りから覚め、
このように聖者が
やって来るのを目にしました!
門が開きます。
開けた扉から
黄金の光が差し込んで、
ひと息に家の中までたどり着き、
ナロクの額を照らしました。
ナロクは飛び出して
聖者に拝礼をし、
聖者もナロクに祝福を返しました。
「よろこびなさい、自由になりなさい」
訳文の著作権はパロミタにあります。
無断転載厳禁。
児童文学の名作、仏伝「ナロク」。
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