🟡 3/29(金)『女たちの音づれの夕べ~パロミタ友美・佐藤二葉の二人会』 🟡


🟡 7月13日(土)国立ギャラリービブリオ
16:30open 17:00 start チャージ2500円
「恋うたでない恋うた」
パロミタ友美ソロ・バウル歌舞い

🟡6月30日(日)高田馬場ときわ座
13:00op / 13:30st / ¥2500+飲み物
Withナマステ楽団
この日は自作の日本語の歌のみをがっつり歌います。

我が身を振り返るということは

先日の映画上映にはたくさんの方に
お足をお運びいただきまして、
本当にありがとうございました。

とても嬉しい出会いがたくさんありました。

8/5〜25『The Path パルバティ・バウル 風狂の歌ごえ』ポレポレ東中野で上映

数年ぶりに観る映画の中には、
5年前の私が、思っていたよりも
たくさん映っていて

ぺらっとした服をした私が
ひょろひょろ動いているのが
自分では非常に気になりました。笑

トークショーで
話しながら思ったことは、
修行とかその成果というものは

表面上は同じ物事や言葉が
本人の中でどのように変容し、
深く豊かな経験となっていくか

ということになるので

だからこそ「修行って何するの?」
という問いは答えにくいのかと思います。

「この身の中に宇宙がある」
という言葉も、それだけ見ると
何かグランドで大層なウワァ~

ということになるだろうけど、
本人にとってはただの
「そうですね」
な体験でしかない、というところになるから。

先月だったか、
自己嫌悪が続いたときがあって

でも自己嫌悪や罪悪感
というものは
「相手/他者にどう思われるか」
という側面がとても大きく

結局のところ見栄だな

と思ったのでした。

誰かの痛みを自分の痛みとして感じる
という感性が、
私はとても低いと思います。

おそらく、多くの人にとっても
実は一方的な自己投影であることは
多いのではないかと思います。
(そうではない人もいるはずです)

もしも、母親になったら
わが子に対して
本当に純粋な痛みの共有を
感じるようになるのでしょうか。

まあとにかく、
他人に心をくだいているようで
罪悪感というのは結局、
自己保身に負うところが多いな
と思った次第で

そこで自分を責めても
後ろ向きの自己満足でしかなく

羞恥を雪いで
現実的な対処をするか
自分のあり方を
実際的に見直すか
した方が良いな、

という結論になったのですが、
もう3日もすると忘れているんですよね。

手帳を見返していて思い出したので
こちらに書き起こすことにしました。

ところで最近気づいたのですが、
「なんだかなあ」と思うことがあっても

自分も前世でこうだったのかな、
というかこの人私の前世かもしれないしな

とか思うと、割と大抵のことは
なんとなく、まあいっか……
みたいになります。

ジョイグル
(バウルの挨拶
「あらゆる命が本来に輝きますように」)

今日も明日も良い日でありますように。

パロミタ

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