🌕6月30日高田馬場ときわ座、7月13日国立ギャラリービブリオ🌕


🟡 7月13日(土)国立ギャラリービブリオ
16:30open 17:00 start チャージ2500円
「恋うたでない恋うた」
パロミタ友美ソロ・バウル歌舞い

🟡6月30日(日)高田馬場ときわ座
13:00op / 13:30st / ¥2500+飲み物
Withナマステ楽団
この日は自作の日本語の歌のみをがっつり歌います。

なぜ呼びかけるのか

そういえば、保育園に
伺ったときにした話で

バウルの公演では最初に
聖者やグル、神さまに呼びかけて、
ここに来てください
私の心の蓮にいらしてください
とうたうことが多いです。

バウルにとっての神さまは
お空の向こうにおわすものではなく
いや、お空の向こうにも
いるかもしれないけど

本質的には自分の内側にいるものです。

自分の内側にいるのに
どうして、来てください、と
呼ぶのかと言うと

いるはずなのに、
見つけられなくなっているからです。

自分の中の光を
いつでも見つけられるわけではない、
だから呼びかけるのです

と。

それで、ここまでは
そのときは話さなかったけど

聖者はグルや
自らの中の神を見つけ、
いつでも繋がっている存在であり
その点で行者/弟子にとって
源との仲立ちであると同時に
修行体験としては
神と変わりがありません。

(また、そんな師の座に
坐り続けることを
自らに課すことで
師は最高の弟子となります)

だから、来てください
と呼びかけます。

あまりこういう観点というか
順序で語ったことは無かったけど

ああ、そういうことだな~と
自分で思ったのを
ふと思い出したので
記しておこうと思いました。

バウルの歌いでは、
時に発露する、叫ぶような、
とても高い声が特徴的で

これは特に、
古典音楽的な発声との違い
で目立つところでもあると思います。

でも、バウル行者は
何時間でも歌い続けられます。

バウルの叫びは、
赤子が母を呼ぶような声
だと言います。
赤子が泣きすぎて喉を痛めるだろうか?

赤子が母を求めるように
ただ純粋に、
一心に、声を上げるのです。

ありがとうございました! この写真を撮る頃には子どもたちは皆リタイア……とても貴重で素晴らしい時間をいただきました。

ジョイグル
(バウルの挨拶
「あらゆる命が本来に輝きますように」)

今日も明日も良い日でありますように。

パロミタ

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