12月15日〜ベンガル民俗画・ポトゥア絵のウェブ販売をします。

月の姿〜インドの月の表象

月が美しさの象徴となるのは、
多くの文化に共通する事かもしれません。

いわゆるインドのイメージには、
月明かりがよく似合う…というのも、
よく考えるまでもなく、どこの国や文化でも
美しい夜の情景には月が輝いています。

ここでは、インドで月が意味するものについて
書いてみます。

〔セライケラ・チョウの月の演目〕

月のうさぎ

ところで「月の兎」は日本でも
中国でもポピュラーなイメージですが、
実はインドでも同様です。

インドの古い言葉、サンスクリット語で
うさぎはシャシャと言うのですが、
「兎を有するもの」という意味で
シャシ、というのが月を表す言葉です。

シャシ、というのは男性によくある名前
2007年の国連事務総長選に出馬した政治家・作家のシャシ・タルールもそうですし
漫画「インド夫婦茶碗」に出てくる
サッシーさんもこの名前だと思います。

女性にもある名前らしいのですが、
私は今のところ、男性しか存じ上げません。

男性的なイメージ?

今、月というと、どちらかと言えば
女性的なイメージがあるように思われます。
魔女や聖女、かぐや姫のイメージですね。

しかし日本神話でも月読命(ツクヨミノミコト)
に見られるように、男性神と紐付けて
理解される事もあります。
ウィキペディアの「月神一覧」には男女それぞれ多くの神名が挙げられています。

インドでは、どちらかと言えば
男性のイメージの方が強いようです。

ケーララで、子どもが月の事を
「アンビリマーマン」
月のおじさん、と呼びます。
初めて聞いた時、「つ、月がオジさん…」と
軽い衝撃を受けたものです。

シヴァ神の頭にくっついているのも月、
ガネーシャ神が愛鼠から落ちてすっ転んだ時に笑ったのも月。

やはり、優雅な女性とはまた違うイメージがあるようです。

陰陽でいうと陰

身体の中を縦に通る脈管で、
右を通るのをピンガラ、左をイダと呼ぶのですが
右のピンガラは太陽、
左のイダは月によって象徴されます。

その対比で言うと、
熱く燃え盛る太陽に対する静謐で冷たい月、
というように、
陰陽で言う陰のイメージに属しています。

インド的な捉え方だと、
陽的な熱は周囲を明るく照らす一方
余分な熱、
欲望や嫉妬、落ち着きの無さ
関連づけてられており、

陰的な冷たさは
マイナス面ではジメジメと
腐敗や膠着を引き起こす一方

酷暑を和らげる雨のように、
その余分な熱を冷やすものとして

月は、陰の美しい部分の表象として
理解されているところがあります。

聖者の顔、闇の中の光

美の象徴としての月とも
繋がってきますが、

月は聖者のお顔の象徴であり

これは一つは、無明の闇を導き照らす光として

そしてまた別の側面では、
満月という「欠けていないもの」
に象徴されるように

全く欠ける事の無い
完全な存在、完全性の象徴として
聖者や神を象徴し、

満月の夜には
特別な意味が付与されています。

クリシュナ神の異名の一つに
カーラチャンド「黒い月」という
意味深なものがあります。

これは、クリシュナ神自身にまつわる闇のイメージと
(クリシュナとは暗闇の意味です)
「闇を照らす光」の月のイメージが
合わさったものでしょう。

月を見上げる

私は今、夜空に月を見つけるたび
闇の中を照らし導く光だと
感じるようになりました。

思い返せば小さな頃、
親の運転する車の中から、
いつまでも追いかけてくるお月様を
飽きる事なく見上げていたものです。

月はどんな暗闇の中でも
冷徹な程に穏やかに微笑み
激しく揺れ動く心であっても
その奥底に潜む穏やかさを
いつも思い出させてくれるのです。

黄金のあなた、月の君
どうかここに来て
ニタイと共に待っています

歓喜の中で
あなたと共に
音楽にあわせて
舞を舞っています

ノディアの月、ノディアから
あなたを想う私の
心のやしろに来て下さい
月のようなあなたを目にすれば
人として生まれた意味もあるというもの

(ドウィジョ・ブションによるバウルのうたより抜粋訳)

暗闇の中、月を呼び寄せるようなうたで
バウルの公演を始める事はよくあります。

私も時々公演でうたっています。
よければ一度、観にいらして下さい。


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