天竺画展オンライン、開催中。

個展のご案内:なぜ画を描き発表するのか

4月26日〜5月2日、銀座・奥野ビルで画の個展を行います。

「日本的色彩で、インドの宇宙観が表現されている」

細密画でも、極彩色でもなく
日本とインドを行き来しながらの
地に足をつけた精神的な生活が
パロミタの画(え)には反映されています。

ちなみに画と書いてエと読ませるのは
私の先生の信条を引き継いでいます。

日印を行き来する中で、
ただ美しかったり、
どこか象徴的であったり
様々に印象的な景色や情景に出会います。

修行というものは、
自分自身の内側へ、
深く深く潜っていきます。
(いこうとします)

私は、いわゆるビジョンだとか
そういう霊感を見るタイプではありませんが

それでも、それこそ体験をコピーペーストでもしない限り
伝えられない感覚というものは経験します。

そうしたものを目に見える形で
伝えよう、表現しようとした時に
ただ風景を描くだけでは
望んだ光景は再現されない事が分かってきました。

その時に、たとえば神話的なモチーフだとか
文様を用いて描く事が
ある種の事を目に見える形で、
ビジュアルとしてコミュニケーションするには
必要である(あるいは、有効である)
という事が段々、分かってきました。

「天竺画」として展示するのは
そういった画です。

他者の体験に触れる事はできません。
私たちが触れる全ての情報は
文字も、写真も、映像も
(それが何かの体験を綴ったものであれば)
ある種の擬似体験をさせてくれますが
元のままの体験にはなりえません。

それでもこの画を目にする事で
何かに触れていただけるのではないかと
思っています。
言葉や、映像や写真などとは
また全く違った体験として。

私が一貫して描いてきたのは
「内側の体験」です。
ただの風景画であっても。
あるいは、多くの画家がそうなのかもしれません。

今やっと、私の体感にとても近いものが
描けるようになってきました。
その事を、今は素直に喜んでいます。

画を描くようになったのは、
物心のまだつかない頃。
小さな頃から、コミュ障だった気がします。
絵を描く事だけに自信があったような
幼少期でした。

画に日常的に取り組むという意味では、
高校卒業から長いギャップがあって
ここ5年以上かけて、「描ける手」を取り戻してきました。

「自分の画みたいな絵」というものを
見た事が無い事もあり、
今もどこかで、こうして展示発表する事に
引け目を感じているところがあります。

それでも、私自身としては
自分の描いたものへ、絶対的な愛と自信があるのです。
これは多分、
物心つく前から描いていた人間の特権です。
人が自らが生きた人間である事を疑わないように
私も自分の画を疑う事ができません。
誰に認められなかったとしても。

その意味で画は、私の強さの原点なのです。

祈るという言葉も、
癒しという言葉も、
この頃の現代日本語では
何だか擦り切れてしまっているような気がします。

それでも、祈りでなければ
癒しでなければ
今のようには描き続けられない
このように発表し続けようとは
腹を据えられないだろうと思います。

たとえば棟方志功の画を前にして
そのまま画になってしまいたいかのように
ずっとそこから動けないような事が
何度もありました。

引き合いに出すのは畏れ多いのですが
画とはそういう存在であるべしと
思っています。

ぜひ直接、この画たちをご覧に
いらして下さい。

**
天竺画や、私がどんな修行をしているかについては、こちらのページや
こちらのページなどをご覧下さい。

村の家々をまわり歌うマドゥコリ(蜜集め)

展示会情報
天竺画展2020
4月26日(日)〜5月2日(土)
11時〜19時
*最終日のみ17時まで

…の予定でしたが、コロナショックで予定変更、
現在オンラインギャラリー開催中です!
ぜひご覧下さい。

会場:
アート・ギャラリー石
東京都中央区銀座1-9-8
奥野ビル206号

交通:
営団地下鉄有楽町線『銀座一丁目』駅10番出口徒歩1分
営団地下鉄銀座線『銀座』駅A13出口徒歩5分、
『京橋』駅2番出口徒歩4分

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