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内観について:内向きと外向きの話

ここしばらく内観ばかりしています、
と書いたりしているので、
少し、その事について
記録も兼ねて書いてみます。

私はいつかのバイト先の店長に、
「実は誰よりも現実主義者だった
(一見した印象に反して)」
と言われたり、
師匠にもいつだったか
「現実的すぎる」と言われたし、

そういう人間なので、よく
内を向け、内側を見ろ、
などと言うけれども、
現実として私達を取り巻く
この環境や、他者を
無視することはできないし、
それを見て見ぬ振りをするのは
何かが違う、と感じていました。

だから、内面を向け、
と言われても、留保付きで
受け止めているところが
あったと思います。

でも、このところ
内観に集中的に取り組んで
分かってきたのは、
実際には、
内向きも外向きも、
境が無い、ということです。

内側を観るのと、外側を観るのの
その方向性に
実際さほどの違いは無くて
結局問題になるのは、
見方、つまり取り組む姿勢、
あり方、認識、
そういったものでしかない
ということです。

外を見るのも、
内を見るのも、
本質的には変わらない。

たぶん、この片鱗が
見えたからこそ、
ここまで内観に取り組もうと
決められたのだと思います。

この実感が出てきて、初めて
ようやく、
「内を観ろ」の意味が
分かったような気がしました。

身体の扉を閉じて
内側を観る、というのは
その訓練でしかないのではないか、
という気もするし
逆に、外と内の境が薄れると
閉じた上での内側の観方も
ずっと精度が増してくる、
ように思います。

内を観るのが難しいなら、
同じだけ、
外を観るのも難しい。



取り組む間に色々な本を
読みましたが、
ホ・オポノポノや鏡の法則は、
かなり参考になりました。
たぶん、私はそれらと
全く同じことをやっているのでは
ありませんが、
少なくとも今の私には、
ある程度「言っている意味が分かった」
です。

ただ、どちらも、実際には
結構な、本当に切羽詰まって、
進退窮まった時に初めて
ようやく効果を発揮するような
けっこうラディカルな荒療治
にも思われるので、
よくこれが流行ったな?と
ちょっと不思議な気もします。

どんな言葉も、現象も
受け止める者のあり方で
理解や解釈が
全く変わるのは
当たり前のことですが

今の私に
ひどく実感として
腑に落ちることも、
ほんの数年前には
ただの知識や
半ばファンタジーのような
イメージとしてしか
入って来なかったと思います。

おそらく、世の中には
何か、ピタッとはまるものに
出会えた時に、
直感的に分かってしまう
人もいるのだと思いますが

私の場合はあくまで、
これまでの修行の結果/経過として
ようやく、(ある程度なら)
分かる、という時期に
来たのかなという気がします。

ヨーガの用語を使えば、
私の今の取り組みは、ひたすらに
プラティヤーハーラ、です。

 

 

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