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感情の純化〜味わう「ラサ」、生じさせる「バーヴァ」

先日の「花」の記事に
関連してか、
きっかけはよく覚えていない
のですが

匂い立つ花の蜜

ふと、感情を純化すること
またその効能……というか
それによってもたらされる
ある種の浄化
を思い、

インド古典芸能に言う
「ナヴァラサ」は
このことを言うのだろうか、
と思いつきました。

ナヴァラサは、
ナヴァ(9つの)
ラサ(味、情趣)

で、私がまず思い起こすのは、
現存する唯一の
サンスクリット語古典劇である
クーリヤッタムの
ナヴァラサの表現です。

これは、もう何年も前に入野さんによる
クーリヤッタムのナヴァラサ・
デモンストレーションを
拝見した事が大きいと思うのですが……

パッと検索しても
クーリヤッタムの
ナヴァラサの動画が見つからないので、
近い系統と思われる、カタカリ

と、モヒニヤッタム

の動画を挙げておきます。
どちらもそれぞれ違って興味深いし
また「この世ならずさ」
みたいなものがあるので、ぜひ
時間がある時にご覧ください。

クーリヤッタムは、割とよく
日本の能とも比較されるのですが、
そうか、世阿弥の「花」と、
この「ラサ」の重なりによって、
なおさら比較されるのか……
と、今更ながら気づいたのでした。
(10年越しに!)

ナーティヤ・シャーストラ

インドには、紀元前にまとめられた
と推定される芸能理論書
聖仙バラタによる
ナーティヤ・シャーストラ
があり、
現在、厳密にこの決まりを
踏襲している芸能は存在しない(はず)
なのですが

インドの主な舞踊・芸能のほとんどは
このナーティヤ・シャーストラに
非常に大きな影響を受けている
と言われています。
(近代の舞踊再興の動きと、
この古典書の復興?がどこまで
関わっているかについては、
私は浅学にして語ることができません)

このナーティヤ・シャーストラの
6章で、ラサについて
詳述されています。

ラサとバーヴァ

この「ラサ」は、意味としては
味、樹液、液体、甘露……
などがあり、日本語で
情趣」と訳される
芸能的な用語としての意味まで
広がりがあります。

ラサは、味わわれるから
ラサと言う
とナーティヤ・シャーストラでは
語られています。

前回の記事に関連して言えば、
まさに世阿弥の「花」と
「花の蜜/甘露」とを
兼ね備えている
ようなところがあります
(そんな気がします)。

これと関連する言葉に、
バーヴァ」があります。
これも非常に訳しにくい言葉で、
私もバウルのうたや、
師匠の本を訳す際に、
毎回非常に苦労して、
結局そのまま「バーヴァ」
と書いたりします。

バーヴァは、
在る事、状態」などの意味で、
ある種の雰囲気や感情の状態
に言及することも多いのですが
今パッと検索してみても、
とりあえずの日本語訳も
出て来ませんでした。

バーヴァとラサについて、
ナーティヤシャーストラでは
こう語られています。

6章33〜38
バーヴァからラサが生じる。
ラサをもたらす(Bhaavayanti)からバーヴァ(Bhaava)と呼ばれる。
様々な材料を調理して料理が出来上がるように、バーヴァと様々な表現がラサ(味わい)をもたらす。
バーヴァなしにラサは生じえないし、ラサなしにバーヴァは無い。
香辛料と野菜が互いに作用して良い味をもたらすように、ラサとバーヴァも互いに作用して生じあわせる。
木が種から育ち、また同時に花と果実(及びそこに生じる種)が木に成るように、ラサこそが全てのバーヴァの根であり、逆もまたしかり。

39〜41
元々のラサは四種、愛欲、怒り、英雄(勇敢)、嫌悪であり、
シュルンガーラ愛欲→ハースヤ笑い、ロウドラ怒り→カールニヤ悲しみ・慈悲、ヴィーラ勇敢→アドブタ驚嘆、ビーバツサ嫌悪→バヤーナカ恐怖が生じる。
つまり、愛欲の模倣が笑い(を生じさせる)と呼ばれ、怒りの結果として悲しみが生じ、勇敢の結果として驚嘆が生じ、嫌悪は恐ろしい(恐怖の)結果をもたらす。

(※この分類については後段で質疑的な詳細がもっとあるので、これだけだと「ん?」と思うところもかなりがそこで答えられています。ここでは省略ですが……あと、日本語訳も、一語には本来とてもまとめられ得ないものをとりあえずで、まとめています)

Manomohan Ghoshの英訳
ベースにしたパロミタによる抄訳。

1951年の少し古い英訳ですが、
余計な解釈を入れすぎず、
適切に原語を引っ張ってきてくれる、
かなり良い訳という印象です。)

(各ラサの詳細)

ナーティヤシャーストラで
規定されるラサは8つ。
のちにひとつ追加され
9つになりました。

(以下、
6章42-45で規定される
色と神さまの記述を反映)

  1. シュルンガーラ (शृङ्गारं) 恋情・愛欲 :ヴィシュヌ :明るい緑(と訳されているが、原語shyaamaならむしろ闇の色(暗い青〜茶〜緑)のはず……?🤔)
  2. ハースヤ (हास्यं) 笑い・気品 :プラマタ(シヴァ配下) :白
  3. ロウドラ (रौद्रं) 怒り :ルドラ(シヴァ) :赤
  4. カールニヤ (कारुण्यं) 悲しみ・慈悲 :ヤマ(閻魔) :灰(原語は鳩の色)
  5. ビーバツサ (बीभत्सं) 嫌悪 :マハーカーラ(シヴァ) :青
  6. バヤーナカ (भयानकं) 恐怖 :カーラ(ヤマ=閻魔) :黒
  7. ヴィーラ (वीरं) 英雄、勇敢 :インドラ :サフロン…というか、暖色系の色白(gaura)
  8. アドブタ (अद्भुतं) 驚き :ブラフマン :黄色

この8つに、のちに

シャーンタ (शांत) 平安、寂静

が追加され、
ナヴァラサ(9つのラサ)
と呼ばれるようになったそうです。
シャーンタは、全てのラサの
基盤に流れるラサだとも
言われます。

バウルのラサとバーヴァ

定義的なラサの詳細については
古典舞踊・演劇の皆様の方が
体感としてご理解されている
と思いますので、
ここでこれ以上の言及はしません。

ただ、バーヴァとラサの実現は
バウルのうたにおいても
重視されます。

それぞれのうたに、
それぞれのバーヴァがある
と師には教わっています。

(これが、古典音楽のラーガ
(コードとは似て非なる旋律体系)
との違いでもあります。
ラーガでは、どの歌でも
そのラーガのバーヴァ・ラサの実現が
目的となる……と聞いています)

100数十のうたを学んだ
とは言っても、もちろん
このバーヴァまでも
習得できている訳では
とてもでないが、ありません。

(これは余談ですが、
ベンガル語だと
バーヴァの動詞系は
「思いを馳せる」「瞑想する」
などの意味になります)

大いなる魂のうた
を訳していた際に、
ラサとバーヴァについて
尋ねた時、
師匠パルバティ・バウルは

「ラサは、バーヴァが濃縮して
結露したもの(Saturated)」
という風に言われました。

バウルのうたの中に現れる
「ラサ」は、より「甘露」
「エッセンス」の意味合いが強い
ことも多いです。

この頃、
ある種のうたを歌っている時に、
確かに、グッと凝縮した、
何か純粋な感情のような何か……
を体感することがあって、

この感情の純化のような、
これがラサを味わうことに
通じるのだろうか……
と思ったのでした。

バウルのうたには、
様々な内容があり、
中には、ひたすらに
自らの愚かさを嘆くような、
救ってくれない「大いなる存在」
をなじるようなうたもあります。

その不思議さが
最初に私をバウルの道へと
いざなったのですが

その感情を極限まで
純化して、初めて
実現する
ある種の浄化があるのではないか……
という風なことを
この頃、思うようになりました。

特にバウルは
バクティ・マールギ
(献身の道を行く者)でもあり
いわゆるところの、
神さまに対しても
強い感情を捧げるという
関わり方をします。

その先に、
プレーマ(無条件の愛)があり

「無条件の愛」と訳される概念について

そしてそれを究めた先には
確かに、シャーンタ(平安)が
あるのかもしれません。

参考:(Retrieved 18th April 2021)
https://nasa2000.livejournal.com/55628.html
https://archive.org/details/NatyaShastra/natya_shastra_translation_volume_1_-_bharat_muni/page/n35/mode/2up(English translation by Manomohan Ghosh)
https://sanskritdocuments.org/sanskrit/natyashastra/(Sanskrit pdf)

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