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ポルトガルの記憶を継ぐインド演劇

インドのキリスト教徒、と聞いて、
どのような人々を想像されるでしょうか。
一言で言えば、割と普通にいます。

特に私は、ケーララという、割とキリスト教徒率が高い場所に長くいたので
そういう感覚が強いです。

大抵の人の宗教、あるいは家系的バックグラウンド、
は名前で分かってしまいます。
キリスト教徒は、名前からして、ジョージだったりトマスだったり、その他ラテン語あるいはヨーロッパ系の名前をしているので、すぐに分かります。

ヨーロッパからの宣教師たち

ヨーロッパからの宣教師たちにとって、
ケーララなどのインドのキリスト教徒たちとの遭遇は、
相当に落胆するものだったようです。

彼らの残した記録を読めば、すぐにそうした嘆きに出会います。
時代を考慮すれば、当たり前の反応かもしれません。
彼らは、どうも東の同朋たちの存在に夢を見ていたようなのですが、
その地に息づいていたものは、まるで想像と違っていたのだから。

どこかの本屋でパラパラと読んだ
イギリスからの宣教師の記録で読んだのだと思いますが、
「尋ねても、彼らはキリストが誰かすら知らず、
彼らの名は聖書にある名前から変形しすぎていて、
もはや原型を留めていない」
というようなことが書かれていました。
(ケーララの本屋で歴史の棚に行くと、
割にこういう、宣教師の書いた昔の本などが並んでいたりします)

名前に関しては、ヨーロッパにおいても、
それぞれの言語に適応した発音になっているし、
「キリストが誰かすら分からない」に関しても、
言語や尋ね方による行き違いもありうるだろうから、
額面通りに取るわけにはいきません。

そうした状況の中で、もちろん宣教師たちは、
尊い神の教えを広めるべく、奮闘しました。
言語学や文化人類学は、宣教師や、植民地の為政者たちと、切っても切り離せません。

彼らはより効果的に信仰を広めるために、
また統治に役立てるために、
現地の言語や民俗状況を深く観察・研究しました。
各地の言葉で聖書が書かれ、英語などとの辞書も作られました。

そうした記録が、当時を研究する上での貴重な資料にもなっています。
日本でも、中世の日本語を知るのに、
当時の日葡辞典が非常に役立つ資料となっていますね。

旧植民地において、宣教師や為政者が
改宗や統治のために熱心にした研究が、
当時を再現するよすがとなるというのは
歴史の皮肉とも言えるし、
これこそが文化の破壊の帰結とも言えるのかもしれません。
あるいは、単に時の流れだとも。

クリスチャン芸能チャヴィットゥ・ナーダカム

また別の布教の試みは、ケーララ人にも馴染みやすい、芸能という形をとることでした。
16,7世紀にポルトガルの宣教師たちの主導で
作られたというチャヴィットゥ・ナーダカムは、
ヨーロッパ中世の衣装をまとい、形式は西洋オペラに似ています(……少し)。

踏み鳴らすような力強いステップが特徴的で、
「チャヴィットゥ」はそのステップを意味しています。
「ナーダカム」は劇の事。
演目は主に、聖書や西洋キリスト教界の英雄譚。
当時の見識高い学者が関わっているからか、タミル語も使われます。

一度はほぼ廃れてしまった伝統ですが、現在復興されています。
(ここまでの情報は2013年の時点でChavittu Nadakamという
ホームページを参考にして書いたのですが、
現在は無くなってしまったようです…)

上の動画では、ワイターリ(タカタリキダ……などの、リズム言葉)の使用が見られ、
響きはとてもケーララ的です。
ただ、一度は途絶えた芸能を復元しているということであれば、
このあたりは新しく、敢えてケーララ民俗的な要素を取り入れている、
という可能性もあります。

ゴアの劇「ティアトル」

それから、これは直接宣教師が関わった芸能ではないのですが、
ゴアの劇 「ティアトル」というものがあります。

ヒッピーで有名なインド西海岸のゴアは、
かつてポルトガル領でした。
イエズス会の宣教師達はここでも、熱心に当地の言語を学んだようで、
ゴアでは地元のコンカニ語をローマ字で書く伝統も盛んだそうです。

ティアトルは、 ポルトガル語の「テアトル」に由来する演劇の伝統で、
いわゆるミュージカル・ドラマです。
劇中の歌もポルトガル語由来で「カント(カンツ?)」と呼ばれています。
ただ、基本的に歌は内容に関係がある訳ではなく、
場面の合間に箸休め的に挿入されます。

一見するとただの現代コメディーショーにも見えるこのティアトル、
19世紀末にイタリア・オペラの影響を受け、
ムンバイで産声を上げました。
政治・宗教・社会的問題を扱い、
ゴアを中心に今も大変に盛んです。
他の伝統的な演劇形式が時代と共に姿を消す中、
ティアトルは今もとても人気があります

元々はクリスチャン・コミュニティを中心に
演じられて来ましたが、
近年はヒンドゥー系の役者も登場して来ているそうです。

ティアトルは主に、前述のローマン・コンカニ語で書かれ、上演されます。
興味深いのは、イタリア・オペラの影響を受け、
宣教師によってもたらされたキリスト教の
コミュニティによって維持・発展したティアトルが
結果的に、ポルトガル統治時代に
コンカニ語を守り伝える砦ともなったという点です。
(参考:ウィキペディア

私は個人的に、文化と文化が出会うところにとても興味があります。
そこでは多くの悲劇も生まれるのですが、
歴史として過去になってしまった事は書き換える事ができません。
人々は、それでもその過去の上に生きていきます。
そこに生まれてくる芸能のかたちに、何かとても惹きつけられるのです。

実際には何でも深く関わり考えていくと、
「文化と文化が出会うところ」でないものなど
おそらく存在しないのですが、
今回のようなインドにおけるキリスト教にまつわる事例は
その側面が分かりやすく表出している、かもしれません。

マールガム・カリ〜キリスト教徒の輪舞

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