🌕5/7(木)おまもり歌[日本語曲]@東京🌕


🟡5月7日(木)18:30開場 19:00 開演

おまもり歌 弾き語り 歌舞いライブ

日本語のオリジナル曲

@ムリウイ(東京・祖師ヶ谷大蔵)

2500円+1ドリンク

予約連絡先 tomomi.paromita@gmail.com

バウルの舞、足づかい

今年のジョイデブ祭で
歌ったときに、同行していた人が
言ってくれたことで
嬉しかったのが

「サードゥーたちは、
あなたのステップを
本当に楽しんでいたように思う」
というもので

ステップ、と書きましたが、
最初は足さばきと書いていました。

でも、足さばきというか
「あゆみ」という方が
近い気がしていて

何かちょうど良い言葉が
あった気がするのですが

わたしにとって
舞というのは
歩みの応用です。

もうひとつ、
それで印象的なエピソードは

シャンティニケタンの大学に
師匠がゲスト講座に行ったとき

ボディワークの基礎の
例としてわたしが使われて

そもそも何をするのかも
聞いていなかったので
果たして指示が理解できるのか、
また聞いた覚えの無いことを言われて
がっかりされるか……と
ドキドキしましたが

基本の立ち姿が主で
ただひたすらに、
腰を落とした立ち姿で立っている
だけ
だったので

確かにそれで言ったら、
たぶんわたしは
弟子たちの中で一番強いです。

無事に失望させずに済んで
ほっとしました。

で、そのままゆっくりと
歩くように指示されて

その静謐な、かろうじて動いているような
遅速の歩みから
今度は踊りの歩みに
展開していきなさいと言われたとき

具体的に何を求められているのか
いまいち不安だったのですが

とにかく、エクタラで拍子をはじき
それに乗って歩み始めたとき

明らかに、
生徒さんたちから
納得の息を呑むような
あれは声だったのかな、
「ああ」という空気が生じて

そうか、
この歩みは、彼らにとって
「本当だ、バウルの舞だ」
と視覚的に実感できる
そういうものなのかと

わたしの方が
新鮮な感動を覚えたのでした。

ご存知のように、
わたしは、身体運用というものに関して
がっつりと日本の伝統の方に
学んできて

その中で、わたしの身体に
しっくり来るものから、更に
バウルに通じるものを見出し

そうして少しずつ耕してきた眼で
バウルの師匠たちの舞を
彼らの足を、脚を、
見つめ続けて

わたしなりに、
この身体、日本人に生まれた身体で
再現できるもの
顕現できるものを
実現させてきました。

それは、ピュアに
ただバウルにまみれて
バウルを学んだのとは
違うかもしれない
と思いつつ、

わたしの文脈の最適解
と信じてやってきたのですが

あ、ちゃんと機能しているんだ
認められたんだ

と、
気がついたら新しい世界に
脚を踏み入れていたような
何とも言えない感覚に
包まれたのでした。

しかしバウルの足づかい

あれ、身体にはあんまり
取り組んでいないように見える
そういうバウルでも、
一様に獲得しているように見えて

それはもちろん、
わたしが師匠選りすぐりの
行者バウルばかりを
見てきていることが
大きいのだとは思うのですが

バウルの歌を本当に歌い込んでいたら
あるいはああいう足づかいに
自然となるのだろうか
それが、歌自体による調息の
威力なのだろうか。

ちなみに、
うちの師匠の流派の足づかいと
シャンティニケタン周辺のバウルの足づかい
ちょっと違います。

『9つの人生』にも出て来た
デーブさん(いま癌で伏しておられます)
の足づかいは
師匠が「孔雀のよう」と呼んだように
独特の流れと余韻があって

シャンティニケタンのバウルたちは
どちらかと言うと、彼と同じ流れだな
と感じます。

わたし自身は、
デーブさんの孔雀の歩みに
めちゃくちゃ惹かれてきたので

自分なりに研究して
取り入れていたりします。

ジョイグル
(バウルの挨拶
「あらゆる命が本来に輝きますように」)

今日も明日も良い日でありますように。

パロミタ

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